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11月24日・25日 稲葉さん・榎本さん合流 晴れ時々雨

 シンガポールからマレー鉄道とバスを乗り継いで、遠路遥々稲葉さんと榎本さんが合流。ようこそいらっしゃいました。マレーシアでは食事の場所を考えないとビールが飲めないということを夕べのクアラルンプールで知ったそうで、そうなんです。マレー人の店ではほとんどの場合飲めないので、外国人向きのお店ではない場合は中華系のお店に行かないとビールは飲めないんです、と説明。マレーシア旅行中のけっこう大事なポイントです。
 マレーシアラリー主催でパンコール島のツアーがあってみんなで参加。オランダ砦や色鮮やかな中国寺院は観光の定番ですが、水産物加工場(干物や煮干がたくさん)や造船所(木造船の家内工業的造船所)などを案内してくれたのは、ちょっと特殊で面白かった。昼食は美味しい美味しい中華料理で、みんな大喜び。その後浜辺の木陰でのんびりして、なかなか楽しいツアーでした。夜は夜で、マリーナ主催の歓迎ディナー。マリーナの新しい建物(あちこちまだまだ工事中ですが)に、たくさんのヨットと西洋人が居る図はなかなかおしゃれでした。
 マレーシアラリーの食事は、インドネシアのラリーとは違って舞踊などは見せてくれないのですが、みんなで楽しむラリーの日常はこんな感じです、と稲葉さんたちに実感していただけた1日だったのではないでしょうか。
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11月19日~23日 パンゴール島の回りで 晴れ時々雨

 アキさんとポートクランに別れを告げて、北水路からマラッカ海峡側に出ると、そこはもう、マラッカ海峡と言うには開けた部分になっていて、本船航路も決まっていない自由な海になっていました。見えるところにいる本船の数も少ないし、漁船もタグもそれほど多くなく、10ノット前後の北東風を受けてのんびりとした1昼夜の航海で、パンゴール島の西北側の泊地(04.14N 100.33E)にアンカー。
 テロニッパの村の前は数隻のヨットがのんびりとアンカリングしている砂浜で、静かで良い気持ち。と思っていたのもつかの間。うとうとしていたら、エンジンの音がし始め、起き上がって周りを見ると、観光客向けのジェットスキーと小島への渡し舟ががんがん走り回っていました。ここは観光地で今日は土曜日、あら残念。ガイドブックにも平日は静かな村でも週末は近郊から若者が海水浴に押し寄せると書かれているのに、週末の朝にやって来る方が悪いのです。我慢、我慢。夕方過ぎに静かな浜に戻ってホッとする。
 西に開けた浜なので、風がないとうねりが入ってきてものすごくゆれます。こういうところでは陸からの風が多少あって、風に立っている方がずっと船が安定しています。
 2晩すごしてから、明け方の突然の突風と大雨。波と潮でぐしゃぐしゃの海を渡って、ほうほうのていでパンゴールアイランドマリーナに入港。ここは今年からオープンの新しいマリーナで、入港の標識などがまだ整備されておらず、浅瀬を渡って入り口にたどり着かなければいけないので冷や冷やしました。ちょうどレガッタ(ヨットレース)の船たちがスタートに向けて出港していくところだったので、逆にルートをたどって無事に到着。レース艇からラリー艇に入れ替わる日で、私たちの後からも続々ヨットが入ってきました。
 まだ完成途上のマリーナとその周辺なので、買い物その他にも不便です。が、ラリー参加者をクアラルンプール大学海洋学部の船舶部に案内してくれるついでに、スーパーにも寄ってくれて、みんなして大量の食料をバスの荷物入れに並べている様は、なかなか珍しいものでした。大学での船舶修理部の見学なんて、ラリーのおかげで普通とは違った場所が見られます。

11月13日から18日 ポートクランの美味しい生活 晴れ時々土砂降り

 船底掃除に明け暮れたウォーターアイランドを昼過ぎに出港して、マラッカの前を通り過ぎ、夜に輝く石油掘削リグ3基を真横に見て、深夜でも離発着の明かりの絶えない飛行場を遠望し、貨物船とタグとクレーンであふれ返った商業港をとおり、泥の河を遡って、インドネシアから来る大型木造貨物船群の脇をとおり、80マイルをワンオーバーナイト19時間で走ってポートクランのロイヤルスランガンヨットクラブに到着(03.01N 101.23E)。
 クアラルンプールの外港であるポートクランは思った以上の大都会というか、よく考えれば当たり前の大商業港地区でびっくり。
 なにゆえこんな商業地区の港にやって来たかというと、ポートクランにはリバティ号のアキさんが住み着いている。パナマで別れて以来のアキさんに会ってみようと、連絡がついたので来てみたわけです。
 アキさん&現地のお友達がニライを歓迎してくれて、いろんな美味しいものを食べさせてもらいました。リーさんと一緒に海老と蟹の贅沢ランチ、コーさん・アザさんと一緒に、現地の中国人でなければ行き着けないようなメニューの無いお店で信じられないほど美味しい海老蟹鳥豚米粉豆菜エトセトラを深夜まで。骨肉茶(バクテ)発祥の店で元祖バクテに舌鼓を打つ朝ごはん。ニライでも日本料理を作ってみたり、素麺を茹でてみたり。ほかにも現地インド人御用達の安食堂で本場のカレー。実はちょっと心引かれた「椰子酒と栗鼠とか亀の肉の夕べ」というワイルドなお誘いもあったのですがそれは欠席…。
 というポートクランの文句なしの美味しい生活だったのですが、食べ物以外に問題がちらほら。ロイヤルスランガンヨットクラブでは1年でこの週だけがヨットであふれるというレガッタ(国際ヨットレース)にドンピシャリとぶつかって、バースがありません。アンカーでも普通の場所だったら問題ないのですが、ここは潮の流れの速い川の中。毎日のように大雨が降って、泥の川にはものすごい量のゴミやら流木やら木の枝やらが流れてきて、アンカーチェーンにたまってしまい、長時間ヨットから離れているにはこれではちょっと不安です。電車でクアラルンプールまで簡単に遊びに行ける立地なのですが、残念ながらそれは断念。またの機会にということで、さらに北上を続けることにしました。

11月9日から11日 マレーシアラリーの書き忘れとマラッカ海峡

マレーシアラリーに出るとこの前書いたけれど、書き忘れたことを2点。
その1.マレーシアラリーのウェルカムディナーがダンガベイマリーナのすぐ傍のレストランで行われたけれど、これがビックリの豪華版。普通だったら150人以上の参加者があるものの当日になるまで参加人数の確定していないパーティーにはビュッフェで食事が供されるもの。ところが中華料理は偉大で、10名ごとのテーブルに、前菜からデザートまでの7皿のコースがきっちり出てきた(まあ、中華料理はビュッフェみたいなものだけど…)。美味しいし気分が贅沢で、何処からこんなお金が出るんだろうとみんなして不思議に思うほど(たいして払っていないラリー参加費からではないことはインドネシアラ
リーでも十分承知)。
その2.ジョホールバールからのデイツアーに参加。バスが4台とこれまた豪華版。特筆すべきなのは、アジア大陸本土の最南端に連れて行かれたこと。特別な景色ではないけれど、やっぱりちょっとうれしいような…。

思いがけず長居をしたダンガベイマリーナを出港して、マラッカ海峡を北上。ラリーとは言うものの、インドネシアラリーよりいい加減というか自由度の高いマレーシアラリーでは、公式行事の日程に余裕があり、各艇が好きなように好きな場所に行くという感じです。ニライでは、初日は潮と相談してククップ島の泊地(01.19N 103.27E)までの約25マイル。この村は水上家屋が立ち並ぶ、それも貧しい漁村という感じではなく立派な家々が杭の立ち並んだ上に乗っているという珍しい風景の村。廻りに魚の養殖筏がたくさん並び、海岸はマングローブ、というわけで、海水の色はものの見事に泥色です。入り口の水路が浅く、ちょっとドキドキしながらの進入となりました。
翌日はオーバーナイトでのウォーターアイランドの泊地までの80マイル。距離もそうですが、潮があがるまでは水路を出られないのでゆっくりの出港。始めは全く風が無かったものの、その後正面(北西)からの風となりセイリングの機会はまったくありませんでした。天下のマラッカ海峡なので、もちろん本船が多いのですが、本船は航路以外走らないのでそれほど問題がありません。問題なのは、本船航路から外れて走るタグボートと漁船。どちらの数もかなり多く、夜間航行にはかなりの注意が必要です。それでも狭いマラッカ海峡内では横切る船がいないため、心配していたほど(みんな散々脅かすんですもの)大変ではありませんでした。日の出を待ってウォーターアイランドの泊地(02.07N 102.20E)にアンカリング。ちょうどひろみさんたちの「ティアレ」が出てゆくところだったのは残念。また何処かで会いましょう。1ヶ月ぶりの船底掃除。潮の流れが強く、ロープを流していないとのんびり潜ることも出来ません。その上思った以上に汚れていて、浅生さんは大車輪の活躍。お疲れ様でした。

11月7日、8日 曇り マラッカ探訪とこれからの予定

11月7日から8日 曇り マラッカ探訪とこれからの予定

 で、暇なのでマレー半島の古都マラッカにバスで遊びに行きました。世界遺産にも指定されている市内中心はとっても良い所で気に入りました。海峡の要衝、東西の貿易の中継点として栄えたマラッカは、ポルトガル、オランダ、イギリスなど各国の支配が入り乱れた結果、いろんな国の影響を受けた建物が立ち並んで興味深く、本来この地を支配していたスルタンの文化も華やかに残り、中華街の家並みは歩いて楽しく見て楽しく、しかも美味しいものが安くてたくさん、と言うことがありません。夕刻大満足で帰ろうとしたら、あら、大変。ジョーホールバール行きのバスはたくさんあれどもすべて売り切れ。3連休の最終日は民族大移動でした(当然か…)。仕方が無いので安宿を取って(アジアのバックパッカー向け安宿は本当にうれしいくらい安いです)、ゆっくり1泊して帰ってきました。
 ところでニライのこれからの予定です。さて、マレー半島南端から地図で右上方を眺めるともう日本も近いのですが、浅生さんの希望でタイのプーケット(良い所だというヨット乗りがあまりにたくさんいるので・・・)まではこのまま北上することにしました。ここからマレーシアの北端、ランカウイ島まではマレーシアラリーがあるので、それに参加。インドネシアラリーから時期的に続いているので知り合いがたくさん参加します。マレーシア北部かプーケットで年越し、ちょっとだけ飛行機で日本に帰ってから、その後時機を見て再び南下。日本方面への航海になると思います。まぁ、のんびり楽しく行くつもりです。まだしばらくはこの航海記にもお付き合いください。

10月28日から11月6日 曇り ジョホールバールの日々

 ダーウィンから3ヶ月以上ニライに乗船していた大谷さんが、「また乗りたいなぁ」と言いながら、シンガポール経由で日本に帰国し、普段どうりの二人だけの日々に戻りました。
 インドネシアを航海していろんなところが壊れている船を数多く見ます。特にオーストラリアやニュージーランドから初めての長期航海に出たばかりのヨットではエンジン、セール、ウィンドラス、風力発電機、冷蔵庫、等々の修理をしている船がたくさん。で、ニライの隣のヨットではクリスとリン夫婦が、ヨット修理ヨロズ承りますと働いて稼いでいます。技術と腕と経験と材料工具をもった彼らは、こうやって稼ぎながら世界を回っているのです。実は5年前にパナマでも出会っています。幸いなことにニライでは特に急を要する修理箇所は無く、のんびりと日々を過ごしています。
 周りにあまり何も無いダンガベイマリーナですが、慣れるにしたがってバスを乗りこなせるようになり、安くて新鮮な市場に簡単に買出しに出かけられるようになって、快適な暮らしになりました。アジアのお楽しみ、安くて美味しい屋台にも馴染が出来、日本円に換算すると300円も出せば大満足の食事が出来ます(ただしビールは含まず)。不満はイスラム国家なので豚肉がほとんど手に入らないこと。中華街のどこかでは豚肉を買える秘密の(?)市場があるそうですが未だ見つけていません。でも中華系の店では豚肉料理も食べられるので、バリ島以外のインドネシアから続く「豚肉が食べたいよ~」という不満は解消されました。
 6日ぐらいに出港しようとのんびりしていたら、出港時に必要な書類を提出するのを忘れていて、気がついたら3連休の直前でハーバー事務所がお休みで、出港できるのが速くて9日になってしまいました。急ぐわけでは無いのでまあいいんですけど。

インドネシアラリーの写真

ダンガベイマリーナの接続のめちゃくちゃ悪かったWi-fiに見切りをつけて、マレーシア人がみんなして勧める3Dの携帯によるインターネット接続(詳しいことは全く解かりませんが)をこころみる。どうやらちゃんと動くので、インドネシアラリーの写真をアップしました。目次のアドレスはプロフィール欄の一番下にあります。興味とお暇のある方は是非ご覧下さい。
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