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12月14日~24日 ペナン島ペンマリンでの日々

ペンマリンに上架してから約10日。
ペンマリンはペナン島の南部で、もちろん近くにも村がありますが、ジョージタウンまではタクシーで30分、普通のバスで2時間!、急行バスに乗り換えればなんとか1時間半くらいに短縮できる、というなかなかに不便なところです。が何度かやれば何事にも慣れるものです。買物(嬉しいことにペナンにはジャスコがあるので日本食材には不自由しません。)や町での用事はイベントとして、ヤードでの生活の良いアクセントになります。また、ペナン在住のヨット乗りビル・ハンセン氏を大谷さんが紹介してくれたので、時には彼に車で連れ出してもらえます。まったくありがたいことです。
大きな修理がなく船底の再塗装がメインのヨットたちはクリスマスを海に戻ってすごそうとかなりがんばって仕事を終わらせて、嬉しそうに海に戻ってゆきました。エンジンの部品待ちやオズモシス対策をしている船は、どうせ長期戦だとあきらめて割りとゆっくり仕事をしているか、まったく船内で退屈した日々を送っているか。
ではニライでは何をしているかというと…。
・船底塗装のためのサンディング。
・ハル塗装(さすがにプロがやります)のための下準備。
・古いレーダーの取り外しと新しいレーダーの取り付けのための準備作業。マストの中のラインの通しなおしが、ガイドラインが落下してしまったので(浅生さんのドジです)大変でした。なんとかマストのラインは取り替えました。まだ本体までのラインは通していません。どこの天井をはぐるかどの壁の奥を通すか考慮中(どっちにしても面倒くさい仕事です。)。
・トイレを取り外し、取り付け部の付属品交換。
・いろんな見積もりを取ったり、値下げ交渉をしたり、ヤードの仕事に文句を言ったり…。
というようなところです。ハルの塗装は準備から仕上げまで、雨も勘定に入れると約1ヶ月かかるそうです。1月下旬に日本に飛行機で一時(一ヶ月ほど)帰国しますが、それまでに本当にちゃんと終わるかな。毎日短時間とはいえ必ず雨が降るのでチョット心配。いない間にやっておいてもらうというのももちろんアリなのですが、誰に聞いても、ちゃんと自分でチェックしたほうが良いといいます。
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マレーシアの写真

マレーシアの写真をアップしました。目次のアドレスはプロフィールの欄の一番下にあります。興味とお時間のある人は見てください。

12月12・13日 ペナン島に戻る 曇り時々雨

雨の合間を見てランカウイ島テラガハーバーを出航。行き先はこの間通ってきたペナン島。マレーシアに入ってからはこの冬の上架整備作業をする場所を探していました。ジョーホールバールは置いておくには良くても上架設備が無い、パンコール島は設備はあるものの僻地過ぎる、最初はそこでするつもりだったランカウイ島は上架保管には良いものの整備の人と施設に欠ける、プーケットはヨットを置いたまま一時帰国をするには手続きが面倒、ということで、ペナン島のペンマリン(稲葉さんツアー・野次馬ツアーの面々とバスで見学に行ったところです)に決めたわけです。
南に戻るにはちょうど良い北風12ノット前後。例によってオーバーナイトの航海ですが、今回は明け方の面倒くさい漁船には接近遭遇しませんでした。
昼前にジャージャックのアンカレッジ(05.19N 100.18E)にアンカリング。ペンマリンの出入りは潮の時間をみないと入れないので、ここで夕方まで待機。この近くではペナン第二ブリッジを作っているため、橋脚工事のどの部分を通ればよいのか今一判らず、ちょっとバタバタしましたが、4時半過ぎにペンマリンに到着。クレーン担当はともかくそのほかの働き手(バングラディシュからの出稼ぎ?)があまりヨットの扱いに慣れていないようでチョットやきもきしましたが、無事陸上のヨットになりました(05.17N 100.17E)。陸に上がった河童と同じで、陸上のヨットは揺れないものの生活には色々と不便ですが、船底塗装その他整備をするためには仕方がありません。お隣にはラリー仲間のヨット「バラカ」がエンジントラブルで上架中。早く直してプーケットに行きたいと言っています。
ニライはここでしばらく整備修理作業をし、2月ごろには飛行機で日本に一時帰国予定。2010年はニュージーランドから、ニューカレドニア、バヌアツを通り、ダーウィンからインドネシアラリーに乗ってマレーシアまでという航海でした。
ここでの作業の内容や詳しい日程についてはいずれまた。

12月9日~11日 テラガハーバー(ランカウイ島)  雨一時曇り

ランカウイ島南西の一角にあるテラガハーバーの泊地(06.22N 099.41E)に移動。マリーナの前の泊地には29隻ものヨットがアンカリングしている。マリーナもほぼ満杯。ここはRLYCのような都会の喧騒は無く、高い山のふもとで緑に囲まれ、周囲に白い砂浜がいくつもある、こういうところに居ると安心するとヨット乗りが思うような美しい場所。ただし底質が悪くアンカーの効きが余りよくない。(柔らかすぎる泥だと思っていたら、どうやら固すぎる泥だったらしい)すぐに荷重をかけると抜けてしまうので、アンカーが効いたことを確かめるまで時間がかかる。
ここに移動したのは、近くのリゾートでマレーシアラリー最後のフェアウェルパーティーが行われるから。雨が多くどうなることやらと思ったのに、パーティーの数時間前に雨がやみ、夜中になるまでずっと良い天気だった。ラリーの開催者サウジは幸運な男だ。
美しい夕景の中で始まったパーティは完全に屋外の仕様で雨じゃなくて本当にラッキー。羊の丸焼きまである豪華版で、たくさんの見知った顔と話をしながら、お別れの名残を惜しむ。スエズ経由地中海に向かう船(未だソマリア沖の海賊の心配がつきまとう)、南アフリカ経由ヨーロッパまたはブラジルに向かう船(悪天候で名高い長距離を走らなければならない)、後数年はアジアでのんびりしよう(でもその後はどっちに向かおう?)という船、みんな行く先はさまざまで、心配事もさまざま。日本に向かおうというヨットもいますが、基本的に世界周航のルートからは外れているので極少数派。みんな元気で、ご安航を!
というわけでマレーシアラリーは終了しました。インドネシアラリーに比べてラリーに参加しているという感覚の乏しいラリーで、最終的にこのパーティまで出てきた船は参加艇の半分弱というのが如実にそれを表しているようです。インドネシアではヨットの旅行が大変だけど、マレーシアは名にしおうクルージング大国で、いくらでも勝手に行きたいところにいけるのがその原因でしょう。つまりラリーに参加している意味がそれほど無いということ。その中でラリーを開催し、何回もの夕食会やツアーを催行してくれた(伝統芸能や舞踊を見る機会が無かったのが残念ですが、スポンサーとの関係でしょうか。)サウジ氏に感謝です。とりあえず今年のニライは2つのラリーに参加して、ヨットラリーとはこういうものか、というのがわかって面白かった。
それにしても異常気象なのか、お天気男の稲葉さんが帰国してしまったからなのか、乾季だというのに毎日毎日降り続く雨雨雨(あのパーティは奇跡だったとの声もあり)。だけでなく時々突風が吹き走錨の可能性もあるので、いくらきれいな泊地でもこの雨では外に遊びに行けません。後から聞いた話ですが、この日タイのプーケットでは恒例のヨットレースキングスカップの最終日が大荒れで、悲惨な目にあったヨットも多々あったようです。「キングスカップに出よう」という稲葉さんの提案を「こんな重いヨットでは無理無茶却下」とマレーシアラリーに参加していて、本当に良かった。

12月6~8日 趣味の生活 曇り時々晴れ


ヨットクラブの横にあるダイビングショップに、日本人女性のダイブマスター愛ちゃんが居ることがわかり、仲良くなる。ニライで食事してガールズトークに盛り上がったり飲み過ぎたり。
で、せっかく縁があったのだからと1日ダイビングをしてみることに。ランカウイの南にあるパヤ島が海洋公園になっていてそこがダイビングやシュノーケリングツアーの行き先。きれいな所だけど、透明度はほとんど無いといってよいほど悪くて、残念(今日ほど悪くなくても、通常でもここは透明度の良い場所ではないらしい)。ただしものすごい数の魚で、透明度が悪いだけにいきなり目の前にバラクーダが現れたり、カスミアジとぶつかりそうになったりという普通では考えられない闇鍋ならぬ闇ダイビング状態。それはそれで興味深いというか面白い体験。岩場に顔を寄せると20年前の西伊豆井田の海を髣髴させるようなソフトコーラルの見事な群生。こんなにきれいなソフトコーラルは久しぶり。でもこの海で体験ダイビングが多いというのはとっても大変だろうなと、ダイビングのガイドたちにチョット同情。
私がダイビングに行っている間に、浅生さんは、燃料フィルターを交換したり(前のものと品番が同じくせにネジの位置が違って面倒だったみたい)、真水の足踏みポンプの水漏れを修理しようとしたり(結局直らないので交換予定)、今後の整備修理(プーケットに行く前にペナン島に戻って上架整備予定)に必要な品をインターネットで注文したり。
ところでランカウイは免税の島なので酒タバコがとっても安いありがたい島。どのヨットでも積めるだけというくらい大量にビールケースを積んでいます。ニライでも見習ってお買い物、お買い物(るんるん)。

12月4・5日 嵐の後 曇り


稲葉さんと榎本さんが帰国。ニライの上がいっぺんに広くなったような静かになったような。いかにも嵐の後のような感じで気が抜けて、浅生さんと二人して何もしないでぐったりして過ごす。

12月2・3日 ランカウイ島にて 曇り

 やじ馬ツアーとはいえ、羽部さんたちもせっかくマレーシアまで遊びに来てくれたのだから少しは一緒にヨットに乗ろう、と、デイセーリングを計画。7人乗船ではニライは少し窮屈ですが、昨日見た南の泊地に遊びに行こう。
 2時間の航海でダヤン・プンディン島の泊地(06.12N 099.47E)に到着。緑したたる美しい場所で、周辺にはまるでタイのパンガー湾のような奇岩がいくつかそそり立っています。日本語のガイドではあまり紹介されていませんが、現地では人気のあるボートツアーの場所で、内陸に淡水湖がありそこで泳いだりボートを漕いだり出来ます。テンダーで上陸したり、素麺の昼食で満足したり、ちょっとお昼寝をしてみたり、とのんびりしてから、RLYCに戻り、いよいよやじ馬ツアーとのお別れ夕食会です。
 大衆的海鮮料理の店で、マレーシアでは良くあることですがビール以外のお酒がなくて一部から不満の声。またこの前の店ほど絶品とは行かず、そんなのしょうがありません(いくつもあったら絶品の価値がないじゃない)。十分美味しくて、十二分に安かったし、なんといっても愉快な仲間とのわいわい言いながらの夕食でとってもとっても楽しかった。やじ馬ツアーのお三方お疲れ様でした。
 3日は稲葉組のランカウイ最後の日ですが、さすがの稲葉さんたちにも少々疲れが見えます。午前中はのんびりと過ごし、午後には北部のタンジュンルービーチを見学しに行きました。白い砂浜に白いパラソルの絵は雑誌でよく見る優雅さそのまま。沖の岩、湖のような青い海の美しい景観、プールの美しさもさすがに高級リゾートとため息しきり。とはいうものの「こんなところでは退屈するばかり」とのおじさんたちの弁にも肯けるモノはありますが…。
 連日の外食で疲れていたので、稲葉さん榎本さんの最後の夜はニライでのんびりオウチ(?)ご飯にしました。

11月30日・12月1日 ランカウイ島へ 曇り

 ランカウイ島までは70マイルほどなので、夕方タンジュンシティマリーナを出港。北東の風12ノット前後、波もなく雨も降らないと言う絶好のコンディション。気持ちよく帆走し、でもスピードが速すぎるので夜間に減帆。明け方薄明のころに漁船が網を入れている場所に出くわして、大声で怒鳴られ大きく迂回。今日の漁船は灯火はしっかりしていたのですが、入港路のど真ん中で網なんか入れるなよ。見ていると私たちの後方から走ってきたヨット2隻も直前回頭を余儀なくされていた。だから入港路のど真ん中で(以下同文)。ヨットにも災難だけと、普段は何事もなく同じことをしているだろうに今日はヨットが3隻もひっかりそうになった漁船にとっても、やっぱり災難な朝靄の中の出来事。
 夜明けとともに崖と岩に緑滴る美しいランカウイ南部の島の陸影がはっきりとする。さすがに「鷲と大理石と伝説の島」。数隻のヨットが崖の真下にアンカリングしているのが見え、羨ましくなる。機会があったら私たちもアンカリングしに来たい美しい泊地。
 大きな入り江の中をクアタウン(大都会だったペナンと違いこじんまりした田舎の町です)に近づいてゆき、10時にロイヤルランカウイヨットクラブの桟橋(06.18N 99.51E)に着岸。長期滞在のヨットが数多く居る桟橋のそこかしこに見知ったラリーやレガッタ参加のヨットも舫っている。シャワーどころか小さいながらもプールもあり、バーやレストランはお洒落で、さすがに歴史のあるヨットクラブは、建設中のマリーナとは雰囲気が違います。近くのフェリー桟橋からの引き波で少々揺れるものの居心地は上々。

11月28・29日 曇り やじ馬ツアー(命名稲葉さん)合流

 ジョージタウンの旧市街はマラッカとあわせて世界遺産になっています。中華街の町並みはクラシックでごちゃごちゃで興味深いですが、マラッカの方がきれいで観光客向けかな。でも町の中に忽然とあらわせるインド人街は色彩の坩堝。一方イギリスの植民地建築群は美しくかつての栄光を感じさせます。
 そのジョージタウンに熱海からやじ馬ツアー(命名稲葉さん)が合流しました。羽部さん、湯原さん、河島さんの3名は、ニライに稲葉さんたちが乗船している日程に合わせて、ペナン・ランカウイ両島にわざわざホテル泊のツアーでやってきたのです。ご苦労様です。その上、文庫本や食料をたくさん有難うございます。
 マレーシアラリーの観光バスに乗ってシップヤードに行ったり、豪華な中華マンションを見学したり。(後半部分の観光と夕食会は人数が多いのでパス)
 大谷さんに紹介してもらったペナン在住のヨット乗り、ビル・ハンセンさんと連絡を取り、色々アドバイスを受けたり。
 7人の侍ならぬ7人の飲んだくれ(?)は、北に美味しい海鮮料理屋があると聞けば行って飲んだり食べたりし、東に美味しい鍋(スティームポート)屋があると聞けば行って飲んだり食べたりし、西で肉骨茶(バクテ)の味見をし、南でフィッシュヘッドカレーに耽溺するというペナン島食い倒れ(飲み倒れ?)の日々。飲茶を食べ損ねたのが心残り。
 ちなみにタンジュンシティマリーナにお泊りのさいは、金曜土曜の週末の夜は避けられる方が賢明かと。近くにディスコシップが停泊し夜明けまで大音響が響き渡ります(泣)。またクラブルームにはすわり心地のよい籐椅子があり、クーラーが聞いていて至極極楽。暑さにうだったヨット乗りがごろごろ涼んでいます。

11月26・27日

 パンゴールからペナンへは70マイルちょっと。デイセーリングで走るにはちょっと距離がありすぎるので、ニライではオーバーナイト航海。と言うわけで、次々出港してゆくヨットを傍目にのんびり夕方まで過ごしてから離岸。
 5ノット前後の微風では全くセイリングの余地がなくすべて機走。漁船の明かりは夜中たくさん見えていたものの、ほとんどが関係なく無事に夜明け、と思うころに、無灯火の漁船がすぐ近くに居ることに気付き一瞬あせる。相手も直前でヨットに気付いたらしくぎりぎりで明かりをつける。無事にかわしたものの、インドネシアの貧乏漁船じゃないんだからせめて灯火くらいつけて欲しいわ。ぷんぷん。
 ペナン島の首都ジョージタウンが遠望できるあたりまで来ると、巨大コンテナヤードと高層ビルの群れというあまりの大都会ぶりにみんな驚くこと仕切り。英国領当時の都とわかっていても島というイメージが先行し、もっと素朴な町かと思いこんでいました。
 11時前にタンジュンシティマリーナ(05.25N 100.21E)に着岸。このマリーナは北東の風にめちゃ弱い上に、すぐ隣のフェリー乗り場の引き波をくらい揺れまくると悪評だらけ。ジャージャックアンカレッジのほうがずっと評判がよいのですが、お客さんも居ることだしと便利なマリーナを選択。揺れるとは言うものの、熱海マリーナがやっぱり揺れるマリーナなので稲葉さんたちはまるで動じません。ジョージタウンの中心地から徒歩圏内というのはやはり便利で、正解でした。
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