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10/28 ボンボノンの事   晴れ

ニライが今いるボンボノンというところは、ネグロス島の最南端にある入江です。もう何十年も長距離ヨットの強い味方です。理由は全方向から風に安全なこと。底質が泥でアンカーのききが良いこと。場所的に台風の直撃が殆ど無いこと。都会から離れているものの30分バイク、タクシーに乗ればシアトンという村に着くこと。更に1時間ほと離れたドウマゲティはちゃんとした街で、フェリーや飛行機でマニラやセブに簡単にいけること。近くの村人の性格がよく盗難騒ぎなどが殆ど無いこと。そしてもちろんフィリピン全体にいえることですが、生活費が安い。一年中暖かい。英語が通じることなどです。不便といえばかなり不便なロケーションですが、便利さを求めるお金持ちヨットではなく、多少不便でも安く生活できる貧乏ヨットに人気という訳で数ヶ月から数年滞在しているヨットはザラ。さらにはここを終の住処と決めたヨットもあるようです。そしてたくさん停泊しているヨットの中に、日本人の挺が6隻ありました。ソロの中高年の男性が中心。現在挺に人がいるのは3隻。家村さん、中村さん、大野さんがそれぞれ長期に滞在中。こんなに日本人比率の高い泊地は初めての経験。声を掛ければ日本語で返事が返ってくるというのはいいものです。他にはフランス人、ドイツ人、オーストラリア人が多いみたい。湾の周囲の3軒のレストラン(札はカフェ)でそれぞれ曜日を決めてブッフェがあり、そこには各国のヨット乗りが集まってワイワイやっています。昨日は私達も楽しんできました。ボンボノンはなかなか面白いところです。
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10/27 晴れ

明るくなると蚊トンボみたいな小さなバンカーボートの漁船があちこちから湧いて出てくる。北東の風7ノット前後で穏やかな日。さらにネグロスの島影に入り海面がものすごく平らになる。けれど南西の角から海峡に顔を出した途端東からの風とうねりで叩かれて進めなくなる。ボンボノンの入港は狭くて浅い湾口を通るときに緊張したものの無事港内に入り湾の最奥近くに無事ブイをとる。
09.14N 123.08E  ここは長距離航海ヨットに有名な場所で50隻近いヨットが停泊している。お疲れ様でした。

10/26 晴れ

ここは南シナ海ではなく、スルー海。わざわざこの島に囲まれた海を大型の本船が通るのでちょっと不思議。海況が良いのか、天候(うねり)がいいのか。はたまた南シナ海より治安が良いのか? 昼前から風速が上がりだし、北東の風12~15ノット前後。風向が悪い(真正面にちかい)時は、エンジンで押しながら帆走する。ときどき航海灯ではなくフラッシュだけつけた漁船がいるので夜はワッチは気を使う。
正午位置09.29N 121.07E

10/25  晴れ

プエルト・プリンセサを朝6時に出港。入港時と同じ場所を通ったつもりなのに、浅瀬に入り込んで一瞬焦る。目的地は260マイル離れたネグロス島の最南端。ボンボノン。季節が北東モンスーンの時期に変わったので、ずっと真上りに近い風の覚悟をする。北東の風10ノット前後。夜にはこんなのは久しぶりというくらい素晴らしい満天の星。
正午位置09.42N 119.06E

プエルトプリンセサのアバニコヨットクラブ

今ニライが停泊しているのは、フィリピンのパラワン島の中央、プエルトプリンセサのアバニコヨットクラブです。
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といってもアバニコはプエルトプリンセサの町からは5キロほど離れていて、とっても長閑な田舎の村です。細長い湾の北の端で、周囲を緑の山に囲まれた穏やかな泊地にヨットが10隻ほど停泊しています。
ヨットクラブといっても、海に突き出したディンギー桟橋を持つバー・レストランがメインの施設です。昔イギリスからヨットでやってきてこの地に沈没した(比喩です)ジョンと地元の女性シシーがオーナーで、水や燃料の手配、ブックエクスチェンジ、情報提供を行っています。なんといっても、安全にディンギーを泊めておけるのがありがたいことです。インターネットも通じるので、気持ちの良い風に吹かれながら、ビールかコーヒーを飲みつつ、遅いネット環境を我慢するのがヨット乗りたちの日華です。
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レストランでは普段はフィッシュアンドチップスとかチリコンカルネぐらいしかありませんが、週に一度ビュッフェが行われ(実は値段はちょっと高いのですが)、ヨット乗りだけでなく、近くに定住している欧米人(いるんです。そういう人たちが)が一堂に会します。
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長居をするヨットが多い泊地です。というか、フィリピンはクルージングの通り道ではなく寄り道コースなので、殆どのヨットがどこか気に入った泊地に数ヶ月どころか数年滞在していることもまれではありません。「急ぐな」がこの辺りのヨット乗りの合言葉みたいです。

10月19日 晴れ一時雨 地下河川ツアー参加

プエルトプリンセサから車で2時間ほど行ったところに、世界遺産の「プエルトプリンセサアンダーグランドリバー」があります。日帰りのツアーに参加しました。
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途中の道路から見えるほとんどの家が、トンガやサモアの田舎と同様の竹の壁とバナナや椰子の葉の屋根作りだったことに結構びっくりしました。パラワンはフィリピンでも秘境と言われる島なので「フィリピンのド田舎」ということでしょうか。ただ海辺の水上集落の大半と違い、貧しいとか汚いとかいう感じではなくて、昔からの生活様式が今もきちんと残っているということ。村々の風景ははとても長閑できれいで居心地が良さそう。
地下河川に行くには、まずサバンという村でクーラーの効いたバンからエンジンつきの小船(バンカーボート)に乗り換え(ライフジャケット着用)、さらに、地下河川の入り口の浜でエンジン無しの小船に乗り換えます(ライフジャケットとヘルメット着用)。
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バンカーボートはフィリピンの船の特徴であるアウトリガーを大きく張り出しているボートのことで、中々絵になりますが、乗り心地はまあまあ、時々濡れます。
8キロ続く地下河川のうち1キロちょっとを探索するのですが、大理石と鍾乳石の入り混じった内部は真っ暗。各船の先頭に乗ったツアー客がライト係を兼ねさせられます。船頭兼ガイドの案内で次々暗闇の中に消えてゆくボート。河川内部ですれ違うときに「ハロー、グッドナイト」(昼間だけど暗いので)と声をかけて笑いが起きます。
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これが地下河川の出口でここからボートで内部を遡ります。
思った以上に広く高い洞窟内部に次々に現れる岩や鍾乳石の独特で美しい造詣を愛で、暗闇を飛ぶ蝙蝠の声を聞き、神秘的で幻想的な気分を楽しみ、でも上から降ってくる水にちょっと濡れる以外に全く冒険的な要素はなく、1時間弱の誰でも楽しめるボートトリップでした。
砂浜を昼食用のレストランに行く途中でものすごい土砂降りの直撃を受け、みんなしてびしょぬれ。日本人だったら走ったりぶつぶつ文句を言いそうですが、フィリピン人とアメリカ人のツアー客は「これもまた旅の一興」と笑って濡れていました。
マレーシアで行ったニア洞窟といい、ここプエルトプリンセサの地下河川といい、いかにもインディージョーンズや川口浩(同列に並べていいのだろうか)が活躍しそうな所です。
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当人としてはインディージョーンズに似ているつもりですが、客観的には川口浩の方に近いのではないでしょうか。

10月15日 フィリピン・パラワン島到着

10月13日 曇り
6時にアンカーを上げてクダット出港。
私たちの後に入ってきた船とアンカーラインが交差しているかもと心配していたのだけれど、杞憂に終わって何事もなくアンカーアップ。
西南西の風が始め15ノット前後、昼前からは時に30ノット近くにまで吹き上がり(天気予報さん、20ノットくらいとか言いませんでしたか)、リーフを入れてジブも縮めてすっ飛ばす。バルバック海峡のマレーシア側の島にアンカーして一晩過ごす予定で出港したものの、スピードがあるのでそのままバルバック海峡を渡り、フィリピン側のバルバック島の真ん中の湾まで足を伸ばすことにした。
長らく滞在したマレーシアの旗を降ろして、こんにちはフィリピン。
バルバック島の影に入り、海はとても穏やかになる。Dalawan Bayは緑に囲まれた穏やかな湾で椰子の木下に数軒の小屋が見えるものの殆ど人影は無し。美しい湾の中央にアンカー(07.54N 117.04E)。予報どおり夜中に風はピタリとおち、全くの無風状態になる。

10月14日 晴れ時々曇り
プエルトプリンセサまで170マイルの一晩の航海(直線距離ならばもっと近いけれど、夜間に岸のそばは漁船や魚網で面倒なので、かなり沖出しをしてから方向転換)なので6時前にアンカーを上げ出港。
10ノット超の南西風。普段なら帆走だけで良いけれど、170マイル走るので機帆走のまま。うねりも波も殆どなく、穏やかのんびりキラキラのセイリング。こんな気分の良い航海も久しぶりというくらいの快適さ。本船も漁船も全く船影無しで、レーダーは開店休業。
正午位置 0808N 117.36E

10月15日 曇り
夜中前から風がなくなりジブは降ろして、メインだけの機帆走。相変わらず船影を見ないままパラワン島中央部のプエルトプリンセサに向けて方向転換。パラワン島は細長い島で中央に山脈が走っていて沖からも良く見える。
パラワン島の中心地、プエルトプリンセサの本港から2マイル近く奥に入ったところにヨットが10隻ほど停泊しているのが見える。ムアリングブイがあると噂に聞いた(「ビバライラ」の去年の航海記から)アボニコヨットクラブというのがある辺りらしい。
VHF72で呼びかけると浅瀬があるからと迎えのテンダーが来てくれて、14時プエルトプリンセサの湾の奥、アボニコヨットクラブの前にアンカー(09.46N 118.44E)。ブイは数個しかなく空きはなかった。殆どのヨットがアンカーリングのようだ。
クラブのテンダーと入れ違いに「メタナ」のダリルが挨拶に来た。去年ダーウィンのマリーナで隣に泊まり、インドネシアラリー中もよく話したソロセーラーとこんな所で再会とは、長距離航海の醍醐味。
というわけで、ニライは無事フィリピンに到着しました。

10月12日 晴れ クダットのこと

今ニライの停泊しているクダットというところは、ボルネオの最北端です。イギリス統治時代には最初の首都として、ボルネオ初のゴルフコースが作られるなど栄えた時代も有ったそうですが、それはホンの2年間だけのこと。その後首都はサンダカンに移転し(さらに後には州都はコタキナバルに移転)、今では本当にここが首都だったことがあるの?といような小さな町(気分的には村というべきでしょう)です。端から端まで簡単に歩け、買い物のほかに、イミグレやカスタム、ハーバーマスター事務所などマレーシア出国手続きで何箇所も回る用事はとても簡単に済みました。
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岸からの距離に注目。ロングラインで岸壁から2本舫いロープをとっています。
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この後半部分が打ち捨てられたので、面倒なアンカー&ロングラインという停泊方法になりました。まあ、ちゃんと止まれば安全な岸壁が作られたことには感謝ですが…。
また、すぐ横にシップヤードがあって、船の上架ができます。ボルネオやフィリピン南部には他に上架作業が出来る場所がないのでヨットもたくさん利用していますが、本来は小型コーストガード艇や漁船が作業をする場所らしく、作業はすべて自分たちでやるか職人の自力手配、陸電もなく、水のタップも少なくて不便と評判は今一です。
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殆どのヨットが船底塗装塗り替えが主目的。大急ぎで作業をして海に戻るらしい。
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もともとはこういう木造船の修理場所だったらしい。

10月9日 クダット到着

9月7日 曇り
12日間滞在した、コタキナバル・ステラハーバーマリーナを朝7時に出港。南南西の風、12ノット前後。機帆走。川の河口で流れ出た水が海の水とくっきりと境目が出来ている場所があって、緑と青の間を走る。ちょっと面白い。
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ニライではどちらかというとオーバーナイトで走ってしまうほうが好みなのだけれど、ボルネオやフィリピン周辺は無灯火の小さな漁船や魚網やブイが多いので、安全のためデイセーリングで行ける所はいくことにする。一日目には丁度良い距離に良い泊地がありました。34マイル走ってTeluk Usukan の湾奥の集落前に午後2時半アンカー(06.22N 116.20E)。浜辺の砂の上に高床式住宅が並んでいると思ったら、潮が満ちてきて、水上集落になった。
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9月8日 曇り時々小雨 
朝アンカーを上げ終わって後ろを振り返るとなんとキナバル山がくっきり見えるではありませんか。素晴らしい眺めにしばし言葉を失う。威風堂々。登ることは出来なかったけれど、ここで雄姿を拝めて大感激。
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コックピットからはこんな感じに見えました。
出港してから1時間だけ山頂までくっきり見えていたものの、すぐにギザギザの部分は雲に隠れてしまう。
南南西の風15ノット。午後2時にTg.Tonbuluran の北側の浜辺にアンカー(06.52N 116.40E)。南っ気の風によいと思ったのだけど大間違い。風が西よりにシフトし、大揺れ。少し南のAgal bay にしておけばよかった。今までアンカリングした中で一番揺れたかも。やはり沖から波が入る開いた浜の泊地は、ちょっと風が強いと駄目だなぁ。反省。

9月9日 薄曇 
南西の風が午前中は弱く、メインとエンジンでとっととボルネオの最北端をかわす。かわして東側になったた途端海が平になる。さすが。午後から南西風が強くなるとの予報より早く、昼前には15ノット超の風になる。丁度吹き出したころに、クダット到着。クダットゴルフマリーナの内部に入港。ここは作りかけのマリーナを途中で放棄したもので、オウンアンカー、岸からのロングラインを自分のテンダーでとる、というギリシャ以来のややこしいやり方。強くなりだした風の中バタバタしていたら停泊中のヨットからディンギーが助けに来てくれた。ありがたい。でも既にアンカーラインを他船のラインと交差させてしまって打ち直し。その途中で他船のアンカーを少し引いてしまって、本当に申し訳ありません。
でもすったもんだの末に無事アンカー作業終了(06.53N 116.51E)。アンカーもしっかり効いているし、後ろのラインも問題なし。昨日に比べて池の中のように穏やか。よかったよかった。
この人口池?の中には、ヨットは他に7隻停泊していて、そのほかにマレーシア軍の船舶と、漁船と、小型貨物船がそれぞれ固まって舫っている。しかも回りはゴルフコースのど真ん中。変なところだ。

10月6日 コタキナバル・ステラハーバーマリーナの日々

ステラハーバーには懐かしいヨットがいました。ホブスとラリッサの「オーストリル」とは南太平洋以来3回目の再会。残念ながら日本語を上手に操るラリッサちゃんは一時帰宅中で、ホブスしかいませんでしたが、彼が橋渡しになってくれ、他のヨットと夕食をご一緒したり、夕方の桟橋でドリンク会をしたりすることになりました。
それにしても、判ってはいましたがステラハーバーの居心地は抜群。贅沢プールとシャワーの使い心地が最高で、文庫本片手に午後のプールサイドで毎日ご機嫌でした。またチャートルームという名のクーラーの効いた部屋があって、英字新聞を読んだり読書をしたり出来ます(残念ながらチャートは見られません)。要はどこで本を読むかということですが、なんたって昼間は暑いので、ニライの船内では読書はともかく、SUDOKUに熱中すると頭から煙が出てくるような気がします・・・。クーラーは偉大だ。プールも偉大だ。
コタキナバルの町へ行くのも、ホテルのフロントから安いシャトルバスが毎時出ているので簡単便利。町には100円ショップのダイソーがあり(100円ではなく5リンギット=150円ですが)、日本でなじんだものがいろいろ買えます。また中華系のスーパーで欧米や日本の輸入食品(マレー半島のジャスコに比べればかなり限られますが)を扱っているところがあり、魚市場にはマグロまでいて(ミリの市場にはカツオはいましたがマグロにはお目にかかりませんでした)中々幸せな食生活です。町で何度か昼食を食べましたが、中華系の安い食堂が豊富で、これまた幸せ気分。
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コタキナバルで感動的に美味しかったラクサとクレイポット。

サバ州の博物館では、ボルネオは民族衣装が独特で美しいと思いました。写真は禁止なので有りませんが、黒を基調にした素敵な服装が並んでいました。男性のかぶる刺繍をした一枚布を折った帽子のような飾りが素晴らしくて欲しかったのですが、残念ながら売っていませんでした。伝統家屋が屋外にたくさん並んでいて、ルングス族のロングハウスなどもあり、中にも入れて、竹の床は思った以上に隙間だらけで、歩くのがびくびくモノでした。
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サバ博物館にあったルングス族のロングハウス。
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ほら、このスカスカの床を歩くのはちょっと怖い。

コタキナバルにやってくるまでは、浅生さんはキナバル登山をしたいと思っていたのですが、人数制限が厳しく、キャンセル待ちでは山小屋1泊以上は取れません。山小屋の予約さえ取れれば、それほど難しくなく誰でも上れる4000m級の山、というのが売りですが、実は登りよりも下りがきつくて、最近長い下りではすぐ膝の痛くなる浅生さんは山小屋2泊が希望。想像以上に高額なお値段的にも、日程的にもちょっと無理だとあっさりあきらめました。ま、体力的に正しい判断だといえましょう。
コタキナバルでは特に大きな整備修理は無し、と思っていたのですが、最後の最後に左舷のウィンドシールドから雨漏り発覚。一日修理に明け暮れてなんとか完了。
といことでそろそろ北に向けて出港します。最終的にはクダットでマレーシアを出国し、パラワン島のポートプリンセサでフィリピン入国その後セブ方面に移動の予定ですが、台風シーズンの終わりを目指してゆっくり動くつもりです。

9月30日 晴れ クリアス川クルーズツアー

ボルネオ固有種で絶滅危惧種のテングザルと、蛍の木を見に行くリバークルーズツアーに参加しました。
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コタキナバルから車で2時間、クリアス川(コタキナバルに入る前の日にアンカーした場所の近く)の流域にはテングザルが住んでいます。大きな鼻と膨らんだお腹、長くて白い尻尾のおサルさんです。
夕方近くに、双眼鏡を持ってボートに乗り込み、岸近くの木の上に野生のテングザルを探します。彼らは葉っぱだけを食するベジタリアンで、食事をしながら木から木へと渡っていきます。枝がワサワサ揺れていたり、枝がテングザルの重みでゆがんでいたり、枝の上で食事中のシルエットを遠くから捉えたりして探すのですが、思った以上にたくさんの固体を見ることが出来ました。あっちで子供が枝から枝へとジャンプをしたり、こっちで大人が座っていたり(シルエットは考える人です)と、たくさんいるんだな~。餌付けされているわけではないので、すぐ近くで見るわけには行きませんが、自然の食事風景や移動していく姿を捉えることが出来大満足。
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絵のような日没と、夕暮れを堪能しながらの夕食。
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その後が私にとってのメインイベント。蛍の木を見に再びボートで出発。
クリスマスツリーのように光り輝く蛍の木はとても美しく、本当に感動。でもこんなに簡単にたくさん見ることが出来るものだとは思っていませんでした。ニューギニアやボルネオのジャングルの奥地での旧日本兵たちの話では、「明日の命も知れない夜に見た、とても幻想的で美しくこの世のものとは思えない光の木」とのことでした。とっても深いジャングルの奥だからこその話だと思っていたら、この種類の蛍は、決った木に集まって、周りと同調して光るので、クリスマスツリーのような木があちこちにたくさんあるのだそうです。それでも人口の光を受けると殆ど見えなくなるかそけき光なので、開発されていないこの辺りだからこそなのでしょう。
私たちは何本かの蛍の木を巡り、すぐにコタキナバルへの帰路に着きましたが、夜の間ずっとこの光を見て居たい様な気分になりました。
当然ながら蛍の光は、歌えても写真には取れません。ともあれ大満足の半日ツアー。大変な思いをしてジャングルを歩かなくても大自然の神秘に触れることが出来ます。

9月27日・28日 コタキナバルの強風

フィリピンの東北部を通過した台風17号の影響で、コタキナバルでも強風が吹きました。台風に吹き込む雲の尻尾が丁度鞭のようにしなったのがあたったというのでしょうか、地元の人も、あんな場所の台風でこんな風が吹くことは普通ない、というものの、吹いたんだから仕方ないじゃない!夜中にビュービュー35ノットも吹いたので、ヨットハーバーではあせったヨット乗りが起き出して、舫いを増やしたり、テントを取り込んだりの騒ぎとなりました。
ニライはフィンガーポンツーンの一番端っこに舫っていました。これは片方からしか舫いを取れないということです。丁度風下がポンツーンだったので、マリーナにいてヒールする羽目になりました(隣のヨットはニライよりももっとヒールしていました)。きゃーー!片舷もやいだったのはうちとお隣だけだったので、マリーナで一番風の影響を受けたのがその2艇でした。まあ最終的には、フェンダーが一つ空気が抜けただけで大きなトラブルはなくホッとしました。
翌日町に行ってみると、街路樹が倒れているところはあるは、工事現場のフェンスが倒れているところはあるはで、かなり大事だったのがわかりました。新聞も一面トップ。というか前代未聞だったとも言う・・・。
ハーバーマスターに掛け合って、定位置のヨットでまだしばらく帰ってこないことが判っているポンツーンの場所に移動させてもらいましたが、「移動してもいいけど、もうこんな風はそうそう吹かないよ」といわれました。でも、とりあえず大きなモーターボートの風下に移動して、これでどんな風が吹いても安心。と思ったら、完璧に風がシールドされて、今までより暑いんですけど・・・。
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ステラハーバーマリーナのシンボルはこの金色の鳥さんです。強風にも飛ばされずに見守ってくれました。(飛ばされていたら笑えないなぁ…)
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