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2月24日~25日 コロン滞在

カラミアン諸島の唯一の町がブスアンガ島のコロン。24日に東からの20ノットを超える向かい風の中を機走してコロン泊地にやってきました。コロン泊地には残念ながらヨットはいませんでしたが(コロン島には停泊しているヨットが見えるけど)、バンカーボートが錨をおろしている横に無事アンカー(11.59N 120.13E)。
コロンにやって来たのは、ATMで現金を下ろすこと、燃料と食料の補給、携帯電話とインターネットの料金のリロードなどのためです。しばらく僻地でのんびりしていたので、町ではいろいろとやることがあります。
この泊地は町の中心からは少し離れていますが、トライシクル(バイクの横にお客を乗れるようにしたタクシーみたいなもの)がたくさん走っているので、マーケットで大量に買い物をしても問題ありません。市場ではものすごく立派な海ブドウが売っていて、さすが本場だと感心しきり。離島なので割高ですが大体何でもそろいます。泊地のすぐそばにガソリンスタンドがあり、テンダーで簡単に燃料も買えました。町は便利だ~。
目の前にはコロン島。この島はものすごくたくさんの小山というか丘というかがボコボコ並んでいてとてもユニークな形をしています。夜中にはコロン島の上に南十字星が輝き、コロンの町の背後にあるタプヤス山という丘の上(700段以上の階段を上っての景色はさすがに絶景でした)にはライトアップされた大きな十字架が光り、二つの十字架が小さな町を見守っているようです。
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コロンの町とコロン島

これからのニライの予定は、天気予報と相談しつつミンドロ島方面へゆっくり移動していこうかな、というところです。

おまけで以前に載せそこなったエルニドの写真を…
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こういうバンカーボートでアイランドほっぴんぐに

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ラグーンに入ってゆくところ

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豪華リゾートの特別ランチセッティング。うらやましい。
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2月20日~23日 ブスアンガヨットクラブにて

ようやく風が収まった雰囲気なので、冬眠明けの亀宜しくのそのそ這いだして、外の世界に出てゆくことに。タンデムアンカーの回収は、時間こそかかりましたが特別大きな問題はなく無事完了。ハルゼイハーバーの外も、もう風はありませんでしたが、大きなうねりがあり、荒天の名残を感じました。
行く先は、ブスアンガ島の西側にある小さな入り江。エルニドでインターネットを調べていたらブスアンガヨットクラブというのが目に留まりました。ヨット乗りにはそういう名前で呼ばれていますが、プエルトデルソルリゾートがビジター用にブイをいくつか用意してあり、水の補給などもできるとのこと。そこに行くことにしました。
たくさんの小さな島や、ずらっと並んだ真珠の養殖ブイをよけながらエンジンで走り、ブスアンガ島に近づいたところ、ちょうどコース上にGPSチャートにはない小島があり、かなり焦る。チャートがずれているのはわりとよくあるけれど、描いてない島があるってことはとても珍しいのでしばし呆然。気を取り直して名無し島(?)をぐるっとまわり、ブスアンガヨットクラブのブイを取る(12.01N 119.59E)。周囲のブイにヨット4隻。あとでよくよく紙チャートを検討したら、そこには小島があり、GPSシーマップのほうはチャートの切り替え部分でそこだけ抜け落ちていることが判明。困ったもんです。
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プエルトデルソルリゾートは、こじんまりとした自然にあふれた眺めの良い美しいリゾートで西洋人好み。

ダイビングサービスが併設されていて、沈潜ダイビングを2日間。南進丸・伊良湖・おりんぴあ丸の3隻。
というか、コロンベイには第2次世界大戦末期(1944年9月24日)にアメリカ軍の空爆を受けた日本軍の補給船団が沈んでいます。今では戦争と平和の無言のモニュメントとして、数多くのダイバーが訪れる沈潜ダイビングのメッカ。英霊の眠る墓所に遊びで潜るなんてといわれる向きもあるかもしれませんが、美しいサンゴがびっしりと船体を覆い、たくさんの魚群がそこを住処とし、世界中からダイバーが集い(私と一緒に潜ったのはドイツ人のガイドとオーストラリア人とイギリス人のダイバー。)そこに潜れることで平和を実感でき、コロンの町のたくさんのダイブショップに生活の糧を提供しているといのは、墓所のあり方としては美しいのではないかと思ったりもします。人の御霊も船も安らかに、と思いながら潜りました。
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ダイビング用の説明ボード「伊良湖」

そのころ浅生さんは、相変わらずあちこちから空気漏れを起こすテンダーのチューブの再々再々修理に追われていました。もともとの接着箇所が弱くなっているので、本当は全面的に直さないとダメそうですが、なかなかそうもいかないので、空気漏れの個所とイタチゴッコ。修理中は安定性が低いので重いものの積み込み時には気を使います。

2月17日~19日 クリオン島ハルゼイハーバー・サウスアーム泊地

風が強くなりだしたので、アンカーをタンデムに直しました(2つ目のアンカーを入れること)。最初からタンデムにしなくても、後から特別シャックルでもう一つアンカーを追加できるやり方を、ついこの間浅生さんが思いついたばかり。とりあえず入れるのは簡単でした。これでいくら風が強くなっても安心。
ハルゼイハーバーの人里離れた安全な泊地で風が収まるまで3日、「外は荒れているのかなぁ」と考えながらのんびり過ごしました。外はともかく、中では吹いた時でも25ノットくらいしか吹かず、どちらかというと拍子抜けという感じも…。
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まるで森の中の湖のよう

3日間に2回観光客を乗せた大型バンカーボートが秘境の森林浴に(?)やってきました。近くの漁師小屋だと思った小屋からは、観光ボートがやってくる直前に子供や犬ともども全員がボートに乗ってどこかへ消え、そこで観光客がランチをとる場所に変わりました。とりあえずの平地と水場がある上陸場所ということなのでしょう。観光ボートが消えると住人が戻ってきて元の漁師小屋に戻り、なんだかおもしろいものを見た感じでした。
風がほぼ収まった3日目には、テンダーで河の奥まで探検に。鬱蒼としたマングローブの森の中のかなり細い川になるまでさかのぼりましたが集落はなく、たまに粗末な小屋の影を見かけるくらいでした。最後は緑のトンネルになり、なかなかに秘境森林浴気分を満喫しました。
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こんなに狭い川になっちゃった。

2月15日~16日 曇り クリオン島に到着

今週末、パラワン島の西に低気圧が発達して、大荒れの天気予報が出ました。エルニドにいるヨットは、みんな逃げることにしました。エルニドの中の最奥に向かう船、南の入り江を目指す船、北の島に向かう船と様々ですが、ニライは北に向かいました。
2月15日 Linapacan島のNW BAYが目的地。北東の風12ノット前後でぎりぎりの上り。メインセールだけあげて機帆走。
Linapacan島は入り組んだ入り江がたくさんありますが、どの入り江も水深が深く、あまり良い泊地ではありません。期待していた村の前はあまりにも不安定なところであきらめて、浅瀬を探してうろうろ。ようやく一晩の仮の宿を決めて錨を入れる(11.27N 119.46E)。周りの景色はなだらかな緑の丘が連なり、とても美しい。エルニドの神秘的な崖の景色とは全く違うのんびりした風景。
2月16日 ほとんど真正面からの6ノット前後の風の中を機走して、クリオン島のハルゼイハーバーに到着。サウスアームの一番奥に錨を入れる(11.44N 119.58E)。ここが今回の目的地で、まさに完璧な台風ホール(台風でもOKの泊地のこと)。集落からは離れているので近くには漁師小屋が2軒見えるだけ。まるで山の中の河か湖の中にいるよう。
アンカーしてすぐに地元の漁師が「エビを買ってくれ」とやって来た。とてもいいエビで、ありがたくお買い上げして夕食の美味しい天ぷらになりました。安全な白雉で3-4日天気の回復待ちの予定です。

2月9日~14日 晴れ時々曇り エルニド滞在

ニライが止まっているのはエルニド村と岬の反対側にあるコロンコロンビーチです。こちらは観光客の姿も少なくて、いかにも本来のフィリピンの漁村です。テンダーで浜に上陸するとすぐそばは子供のあふれる掘立小屋で、すぐ近くにエルニドのマーケットがあるのもヨット生活者にはうれしい限り。ここには野菜や果物のほかに肉や魚も売っていて、何でもそろううれしい場所です。
「エルニドのリゾート」という言葉はバブル期のOL(私です)にとって魔法の響き。豪華で華やかでこれぞあこがれの世界のリゾートという印象です。まあ実際にはリゾートには泊まっていないので何とも言えませんが、エルニドの島々はとても魅力的で、切り立った崖が美しく、ほとんどの島の淵は黒い崖なのにその足元には真っ白い砂浜があるというのが言葉につくせぬほどの美しさです。
ニライでは1日アイランドほっぴんぐツアーに行ったり、1日ダイビングに行ったりとエルニドを堪能しました。ラグーンのエメラルドグリーンに感動したり、見上げる崖の高さに圧倒されたりしました。ツアー中の移動はバンカーボートで、上陸するたびに確実に濡れるのが難点ですが、狭い水路に入って行ったり、ランチのために浜に上陸したりとなかなか絵になる働きをしていました。
エルニド村よりもミニロック島やエンタローラ島は人の住める場所(平地)が少ないせいか、より一層崖が素晴らしくて、浜が美しくて、神秘的でした。
もう数日この美しい島々の中にいようと思っていたのですが、今週末には天気がエルニド側で崩れるとの予報。同じ湾にアンカリングしているヨットたちはみんな一斉にわらわらと避難体制です。ニライでもご多分に漏れずに逃げの方針。明日には北のブスアンガ諸島に向かって出航することになるでしょう。さて、行った先がここくらいよい泊地だといいのですが…。

2月9日 曇り エルニドに到着

のんびり過ごしたボンボノン湾を出航したのは2月6日の朝。オーバーナイトで120マイル北のパナイ島最南端Nogas Is.を目指す。北東の風10ノット強で、気持ちの良いセイリング。
ニライがはしっているちょうどそのころセブ島近辺で地震があったらしく死者も出たと日本のニュースで報道された。海に出ていたので携帯電話が通じず、焦った両親が何度も通話を試み、たまたま岸の近くを通りかかった時に電波が届いて、「地震は大丈夫だったの?」「なにそれ知らない」という頓珍漢な会話を交わす。後刻調べたところ震度4で死者も出たけれど、ボンボノンのヨット乗りで地震自体に気付いた人はおらず、ニュースで知った程度だったということが判明。何事もなくてよかったよかった。とんだ空騒ぎだったけれど、岸近くで運良く携帯が通じたことが一番の驚き。
2月7日8時過ぎにパナイ島南端の小島の横にアンカー(10.25S 121.56E)。白い砂浜の眺めがよい。
インターネットが通じたので天気予報をとってみると、昨日までそんなことは言っていなかったのに明日からのスル海の風速が週末までずっと強い。待機か強風の帆走かそれともとしばし考えた後、天気の穏やかなうちにタッチアンドゴーでスル海を渡ってしまうことに決定。アンカーしてから3時間で再び出航。途中の島々は強風のアンカーには適さないのでそのままパラワン島の北端を目指す。
メインセールのパネルの縫い目が破けているのを発見。降ろして機走しながら浅生さんが縫い目の補修。3時間かかって完成。ご苦労様でした。
その後北北東から10ノット強の風が吹き出し、本来ならセールだけでゆくところを、強風が吹く前にと急いでいたのでエンジンをかけたままスル海を突っ走る。クヨ諸島の真ん中を、いかに満月とはいえ夜中に抜けるなんていうのはGPSチャートプロッター様のお蔭でできる芸当。文明の利器はえらいなぁ。
気分はしっかり荒天準備だったのにちっとも風が吹いてこない。天気予報より遅れたようで気抜けしたまま、2月8日夕方にパラワン島の北端Diapila Bayにアンカー(11.25N 119.29E)。浜辺の村はバンカー船の造船もしているらしくなかなか賑やか。海図で見たより良いシェルターの湾で、思いがけず2オーバーナイトになった航海の疲れをいやす。
2月9日15マイル南下して名勝エルニド湾に入る。パラワン島の西側にいるにもかかわらず北東の強風が吹き、天気予報は当たった様子。先にこっちまで来ていて大正解。エルニドの村は北向きなので、先端の岬を回った南側のコロンコロンビーチの前にアンカリング(11.10N 119.24E)。ほかにヨットが3隻いる。
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奇岩のエルニド諸島に近づいていくところ

ここは見上げるような崖がすぐ横にあり、タイのピピドン島の泊地のような雰囲気。浜にはバンカーボートがたくさん。水平線ぐるりとエルニド諸島の奇岩の島々で、まるで火口湖の中にいるよう。ここエルニドで数日はのんびり過ごします。

1月19日~2月3日 ボンボノンの日常

ヨットが30隻ほどブイにもやっているボンボノンでは、日本人のいるヨットがニライのほかに3隻いるので、ちょっとした日本人村です。中村さんの新艇「ウィリーウィリーⅡ」は、大きなカタマランで夕方の宴会向き。ただし、新艇とはいえフィリピン製なので、すでにいろいろと問題が山積みで、いつになったら出航できるのかとかなり心痛のご様子。早く無事出航と相成ればいいなと思っています。「ユウナミ」の大野さんは、すっかり地元のアイリーン&ボーイのカップルと仲良しで、ほとんど現地の人に溶け込んでいます。彼とは共通の友人のヨット乗りもいて、ヨット界の狭さを実感。「パパラギ」の家村さんは、週に一度はドゥマゲティに出かけ、定宿に泊まって都会ライフを満喫するという優雅なヨット生活。ここが終の棲家と決めているそうです。三者三様。
この季節は毎日北東風が吹き抜けていて、雨はほとんど降りません。夜明け近くはうすら寒いと感じるほどですが、日中の日差しは半端でない強さです。暑い日中は船内で過ごすことが多く、トイレのポンプ修理、テンダーの浮きの補修など、それぞれ何度もやり直して、ようやくちゃんと修理完了となったようです。夕暮れと同時にたくさんの燕が飛び交い、時にはその数があまりに多く、河の流れのようなシルエットになります。人のいる船には停まりませんが、無人の船はスズメならぬツバメのお宿になってしまいます。いいじゃない風流で、とはいきません。なんせ糞害。この掃除は結構大変です。
涼しいうちの早朝の楽しみは散歩。あちこちにいる犬や鶏、牛や豚に山羊、たくさんいる子供や、教会の朝ミサに行くきれいな服を着たおばあさんたち、学校に向かう生徒たちなど、しょっちゅう同じ顔ぶれに出会うので、何となく顔なじみもできました。
タンボボの漁村では、漁船から取れたての魚が降ろされていることもあり、浜は買い出しの人とバイクで賑やか。小売りをする人たちはバイクの荷台に魚を満載したバケツを括り付けているし、家族用の買い出し組はバイクに相乗りしてそれぞれ魚を入れたビニール袋を提げている。あっという間に浜からは魚が消えてしまうのだけど、その前に行き着いた時やおいしそうな魚があるときは私たちも持参のビニール袋に魚を入れてもらって、えっちらおっちら帰ってくる。この間は太刀魚、先日は鯵。どちらの時も近所の日本人ヨット乗りを招いてニライで夕食。太刀魚のバター焼きや鯵のフライで日本語のおしゃべり。なかなかに快適な時間です。
ヨット乗りのたまり場は、それぞれ桟橋を持つアイリーンのカフェとエマのカフェ。砂浜といつでも自由に使わせてくれる井戸のあるブルースの家の三か所。それぞれが週に1回ビュッフェを開いています。が、全部に行くと食べ過ぎのきらいあり。それぞれ順繰りに出かけています。先日アイリーンには女の子が生まれました。彼女は病院で出産、1日半の入院で戻ってきました。フィリピンは子供の多いカトリック国で、アイリーンにはすでに孫もいるという、日本では珍しい現象ですが、ここフィリピンでは10人兄弟もざらで、子供より年上の孫がいるなんて珍しくもないそうです。タクマシイ。
ニライは来週には、このボンボノンから出航のつもりです。行先はパラワン島の北部、カラミアン諸島。たくさんの島がありここもまたヨットの楽園らしいです。
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