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3月27日 スービックで整備中

3月23日風の落ち着いたプエルトガレラを出港。ワンオーバーナイトでスービックにやってきました。夜半までは南東の風が10ノット前後で追手の走り。その後は無風か真正面の微風に変わったので、セイルはおろしてしまう。最近ではそろそろ寿命のメインセールリーチが伸びて破れやすいので、ばたばたさせるのは禁物なのです。3月24日の午前中にスービックのシップヤード、ウォータークラフトベンチャーの桟橋に舫いをとる(14.49N 120.17E)。
スービックは1992年に返還されるまでは世界最大の米軍海軍基地だったのですが、現在ではフリーポートとして活路を探しているところ。立派なマリーナがありますが、今回は船底塗装が主目的なのでマリーナではなくヤードに滞在です。東京から持ってきた大型モーターボートを直している日本人に会いました。さすがにマニラから近いので日本人も多いらしく、近くに日本料理店もあるし、スーパーにも日本食材が結構並んでいます。
3月25日、浅生さんの誕生日、おめでとうございます。まあ、68歳には見えません、これからもますます頑張ってくださいませ。夕食は鰻丼と枝豆という豪華版。
3月26日に上架して、船底塗装とニス塗りなど整備中です。約1週間の予定。船底塗装はこちらのワーカーに任せました。私たちは二人してニス塗りです。天気予報通り風が強く、それでも雨が降らないのが幸いです。
上架中の生活も慣れたもの。ここは陸電が取れているし、水道も近いし、シャワーもあるし(水だけだけど、これはフィリピンではしょうがないでしょう)、警備もしっかりしているし、買い物も近いしで、今のところなかなか快適です。お隣のアイルランド人で何度もヨットで日本に行ったことがあるそうです。
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3月12日~17日 ドンソル旅行

ルソン島南部の小さな漁村ドンソルは世界中で一部の人々に有名です。理由は「ジンベイザメと泳げる」から。世界最大の魚類ジンベイザメ(ホエールシャーク)は、プランクトンしか食べない巨体に似合わない優しい魚。ダイバー垂涎の魚でもあり、オーストラリアのニンガルーでは、わざわざセスナを飛ばしてジンベイを探しそこまで高速ボートですっ飛んで行ってダイビングをするというツアーもあるほど。そのジンベイザメに2月から5月の季節限定とはいえかなりの高確率で遭遇できるドンソルには、この10年ほど世界各地から観光客が押し寄せてくるそうです。
「ジンベイと泳ぐ」は私にとっても長年の夢の一つ。私も私もと押し寄せていきました。もともとはマレーシアのクアラトレンガヌでフィリピンの泊地情報を聞いていた時に、「ドンソルの近くにアンカリングすれば、ホエールシャークと泳げるぞ。」と実際に体験したヨット乗りからの一言。どうしても私もやりたい!とはいいうものの、ニライの航路からドンソル方面は外れています。マニラから飛行機、という裏ワザ(普通の人はこうやって行く)で強引に行くことにしました。これも、スービックでの船底塗料がそろうまでの時間待ちがあったおかげ。ラッキー!
飛行場のあるレガスピは大きな町ですが、そこから乗り合いバンで1時間強、ドンソルは本当に小さな漁村です。村の中にバックパッカー用の小さな安宿が何軒か、近くの浜辺に半年だけオープンするこじんまりしたビーチリゾートが何軒か。で、全部ジンベイ狙いで満員。どころか、レガスピの近郊からバスを連ねてホエールシャークツアーがやってきます。私はアモールファームビーチリゾート泊。ジンベイを見るためにはビジターセンターで申し込みます。
1回のツアーは3時間。餌を食べる早朝が狙い目です。餌を食べに水面に上がってきたジンベイにバンカーで近づいて、シュノーケリングでジンベイと泳ぐ(ドンソル湾内ではダイビングは禁止)ということになるわけですが、実際にはそう簡単にはいきません。クジラと違って、潮は吹かない、尻尾を振り上げない、背びれは無い、水面に飛び上がらない、というジンベイでは遠くからでは全く水面近くまで上がってきていることに気が付きません。ジンベイには体全体に特徴的な白い斑点があり、できるだけ高い位置からそれを目当てに探す人(スポッター)が、各ボートに乗っています。彼らが水面に目を凝らし、一生懸命探す(その間お客はのんびりバンカーの乗り心地を楽しんでいる)のがツアー時間の大半です。
で、いったんジンベイを見つけたら、場所を見てガイドの指示に従いシュノーケリングで飛び込み、ジンベイの周囲を泳ぎまくる。一気にたくさんのバンカーが寄ってきて、あたりは騒然。水面はたくさんの人でさらに大混乱。その中でちゃんと下を向いて頑張って泳げば、そこにはジンベイザメが悠々と泳いでいるのです。うわ~!で、潜れる人はそこからが正念場。数メートル潜れば水面の騒ぎは遠ざかり、目の前のジンベイの優雅な泳ぎとユーモラスな顔(大きな口と小さな目)と力強く動く尻尾に惚れ惚れ。たくさんのコバンザメもついていて、まさにダイビング雑誌のグラビアで憧れたジャイアントジェントルとの接近遭遇。でもぼーっと見とれているだけでは置いて行かれます。のんびり泳いているように見えてもジンベイの動きは結構速く、こちらはかなり必死で泳がないとついていけません。息切れして水面に上がればそこは相変わらずの人の渦で、肘やら脚やらがぶち当たってくるので油断できません。水に慣れていないごく普通の観光客は、慣れないシュノーケリングセットとライフベストを着けてかなり必死のように見えますが、ちゃんとジンベイ見えているのでしょうか?
まあ、人の心配はさておいて、私としては大満足。2日早朝のツアーに参加し、5回のジャンプインをしました。全部ちゃんと近場で泳ぎましたが、最初は尻尾のほうしか見れませんでした。トップシーズンにしては状況が悪かったといわれましたが、まあ、こんなもんではないでしょうか。自然相手に1日だけの1発勝負で見られなかったとごねる人がいるのは、何か違うという感じ(公告方法に問題ありでは?)。
レガスピでは富士山より美しいとも言われるマヨン山の姿を見ることもでき、マニラでは中華街の小さな餃子屋で美味礼賛し、敷居のバカ高いマニラヨットクラブをチラ見し、世界遺産のサンオウガスチン教会を参拝し、バストフェリーを乗り継いでプエルトガレラに帰ってきました。あ~おもしろかった。ジンベイと泳いだことはこのクルージングでも特筆すべきうれしいトピックとなりました。

3月11日 もう1年まだ1年

悪夢のような地震と津波とそれから始まった原発事故。あれからもう1年もたつなんて時間の流れるのはとても早いもの。でも復興はまだ始まったばかりで、これからも長く厳しい道のりが続くことでしょう。他人事として忘れず、日常に紛れて風化させず、これからも本当の意味での絆を大切に、着実に1歩ずつより良い未来へ前進してゆけますように。毎日毎日が昨日より今日より少しでもよい日になるように祈りつつ。

3月2日~10日 プエルトガレラ滞在

プエルトガレラヨットクラブ(PGYC)は約30個のムアリングブイがあり、半数以上が長期滞在ヨットです。北欧やオーストラリアからやってきて長くフィリピンにいつき、近くに家を構えて「もう寒いところには住めない」というヨット乗りがたくさんいます。そんな彼らとはPGYCのレストランで会うことが出来ます。金曜日は古くから有名なBBQナイト。水曜日は最近始めて人気のカレービュッフェ。勿論ほかの日も夕方にはどこからともなくバーに人が集まってきてビールで乾杯。
ここプエルトガレラにも頑張っている日本人女性がいました。KOTOさんが経営するオリエントパールリゾートでは日本食レストランもやっています。ヨットクラブで高くない日本食が食べられるよと教えてもらったので、さっそく行ってみました。元ダイビングインストラクターでヨット経験もあるKOTOさんとはとても話が弾みました。でもってカツ丼どってもおいしかった。文庫本を交換してもらったり、私の誕生日のお祝いをしてもらったり、彼女がニライに遊びに来たりと、現地に溶け込んでいる日本人に会えるといつでもうれしい限りです。。
まるでルーティンワークのようになったトイレ修理(今回こそはうまくいったのでは…)やテンダーのチューブ修理(またダメだったみたいで試行錯誤中)に船底掃除(塗りなおすまでは週に1回やらないとダメそう)をこなし、あとはのんびり。
というのも船底はそろそろ上架して塗装をしなければなりませんが、この近くで上げられるスービックに問い合わせたところ、アルミニウム船用の塗料は取り寄せないと無いとのこと。入荷待ちで、スービックより滞在費の安いプエルトガレラにあと10日ほどはいることになりました。思いがけずちょっと時間が出来たので、来週はマニラとレガスピとドンソルにプチ旅行に出かけることにしました。楽しみ。

2月26日~3月1日 プエルトガレラ到着

2月26日 晴れ
コロンの泊地を出航。ブスアンガ島の東側ミナンガス湾を目指す。風なくエンジン。ミナンガス湾は入り組んだ安全な湾ですが、全体的に深いので、ガイドブックに書いてある18mの浅瀬をうろうろと探しピンポイントでアンカーを打つ(12.09N 120.15E)。入江の奥に漁村があるようで時々小型のバンカーが通るものの、目に見える範囲には小屋が1軒あるのみの、またしても山奥の湖のような所。水の透明度がものすごく良い。

2月27日 晴れ
冷蔵庫の排水漏れ修理や船底掃除をしてから、キラキラした緑を眺めながらのんびり。

2月28日 晴れ
深夜岩場にかかっていたアンカーがドラッグ。しばらくエンジンをかけて様子を見ていたものの、10ノットの風でも動いてしまうので、アンカーをあげて出航。月もない真夜中だけど、チャートプロッターで入港時の軌跡をなぞって無事湾外に。そのまま30マイル北のアポリーフを目指す。
朝10時過ぎにアポリーフの泊地にアンカー(12.41N 120.28E)。リーフの中だけど陸地や水面上に出ている部分はほとんど見えず、気分的には海の真ん中。こういう泊地も珍しい。近くの浅場でシュノーケリング。サンゴは生き生きしているもののあまり色のないサンゴで美しさは今一。小魚しかいなくてちょっとさびしい。夕方どこからともなくダイビング用のバンカーが現れ隣にアンカー。潜るのはリーフの外側の水路でリーフ内ではアンカリングするだけらしい。

2月29日 晴れ
昼過ぎにアポリーフを出航。オーバーナイトでプエルトガレラに向かう。
日本からメール「来年メルボルン―大阪レース復活」とのこと。大阪市ではなくYCの主催になるらしい。大変そうだけど頑張って成功させてほしい。
久しぶりにイルカの群れに遭遇と思ったら、小型のクジラの群れだったみたい。背びれが鎌のように曲がっている。イルカと違って遊んでくれないけれどうれしい。
ミンドロ島の西側にいる間は風がなく、漁船たくさん。沖にはバシー海峡を通る本船が行きかう。このあたりの船はとりあえず灯火はしっかりしているので、ワッチさえちゃんとしていれば簡単にかわせる。とはいうものの夜の漁船群はかなりの数で浅生さんでさえ呆れるほど。

3月1日 晴れ
ミンドロ島北部の水道から北東風が流れ込みだしあっという間に大荒れに。吹き抜けのピーク時には35ノットも吹き2ポンリーフ。真向いからの風で波にたたかれ走らなくなるので、エンジンの回転をニライにしては珍しく2300回転まで上げて頑張る。這う這うの体でプエルトガレラの湾内に入ると、あっという間に風が遮られ、さすがスペイン時代からのガレー船の荒天時逃げ込み泊地。プエルトガレラヨットクラブのブイが空いていたので(ビジター用で空いていた最後のブイだった)これ幸いとブイに安着(13.30N 120.57E)。
プエルトガレラは観光地で、観光客を乗せた大型バンカーが行きかい、ヨットもたくさんいてとても賑やか。ブイとブイの間隔が今までで一番近く、かなりぎゅう詰めという感じ。
ここで10日間ほど滞在予定。
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