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6月29日 加計呂麻島・生間

古仁屋の町で知り合った龍さんが勧めてくれたので、古仁屋対岸、加計呂麻島の生間という漁港にやってきました。フェリー桟橋の奥、地元船の並ぶ小さな港の出入り口近くの岸壁に抱いてます。(28.06N 129.19E)大島海峡を挟んで古仁屋が見えますが、ここから見ると古仁屋はまるで大都会。生間はフェリーはやってくるものの、とっても小さな集落です。
歩いて20分ほどで島の南側諸鈍集落に行くことができます。平家の落人伝説が残り、伝統芸能諸鈍シバヤの残る古い集落で、「寅さん」の最終作をとったロケ地。最後のマドンナリリーさんの住んでいた場所です。ここはやはり名前が似ているので出かけてみないわけにはいきません。デイゴの古木が並ぶ美しい浜は、ひっそりとゆっくりと時間が流れ、眠ったような集落にはおじいとおばあが何人かのんびり暮らしていました。
午後には横に沖縄宜野湾で一緒だった四宮さんの「ゆうゆう丸」を横抱きにしました。
加計呂麻は静かで美しい良い所ですが、出会った人がもっと良かった。
前述の龍さん一家(素晴らしいヨット一家で大感激!)がお昼に案内してくれたペンションホライゾンのテルさんは、これまた古強者の海の男で、みんなして夜にはニライで大宴会。奄美大島の端っこで世界中古今東西の海の話に花が咲く。素晴らしい。
というわけで奄美大島を楽しんでいます。
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6月25日 奄美に到着

6月24日 朝7時にお見送りを受けて宜野湾出港。南の風10から15ノットで奄美大島に向けての一晩の航海。真追手なのであまりスピードは出ませんが、梅雨明けの晴天の下快適な帆走。夜になれば満天の星と夜光虫だらけの海。
6月25日相変わらずの南の風15ノットくらい。昼過ぎ大島海峡に東からエントリー。私が20年前からダイビングに通い続けた奄美の海をヨットで走れるなんて夢のようにうれしい。15時半に古仁屋港の瀬戸内海の家の岸壁に着岸。28.09N 129.19E。浮桟橋ではないので、大きな俵型フェンダーと舫いロープの擦れ止めが必要。7年ぶりの日本のクルージングを実感。
奄美のヨット界の中心、葛西さんがすぐに表れていろいろ教えてくれて、7年ぶりの日本だと言ったら、大きなバラの花束をくださる。いとうれし。世界中のクルージングの話題になり、美酒にて交歓。
私がダイビングに通っていたころのインストラクター・ケニーは今は瀬戸内町の観光協会にお勤め。連絡をしたら、家族で遊びに来てくれ、お土産に自家製のパッションフルーツを持ってきてくれる。とってもとっても懐かしい。こちらは美酒なしで交歓。

ところで、20日間ほど宜野湾から東京に飛行機で戻っていました。横浜洋光台の古い団地に住居を構え、引っ越して、住所不定無職からただの無職に格上げ(?)。取って返して、台風4号の台風対策をして、何事もなく無事台風通過して、さよならBBQをしてもらって、楽しかった宜野湾を出港したのでした。沖縄はとても日本とは思えないほど、ヨットで生活している人がたくさんいて、楽しいマリーナライフが送れました。お世話になった皆様、本当に有難うございました。
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