スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ヴァヌアツ航海記

 ヴァヌアツはかつてはニューヘブリデス諸島と呼ばれていたメラネシアの島々で、南太平洋のクルージングのメッカ。ニライではポートヴィラに入国し、約3週間のアイランドクルージングを経てルーガンヴィルにて出国。
 南東の風10-15ノット、雨(ハッキリ言って嫌になるくらいよく降った)時々晴れという今一天候には恵まれない3週間の、以下はヴァヌアツ航海記。

エファテ島ポートヴィラ(17.44S 168.18E)
 ヴァヌアツの首都で、長距離航海ヨットの泊地としては、キャプテンクックの時代まで遡る歴史がある。さすがに長く愛されている泊地だけあって居心地が抜群。風にも波にもストレスフリーの安全な場所で、眺めがよく、ディンギーポンツーンがしっかりしていて、トイレもシャワーもあって、燃料も水も簡単に入れられ、町まで歩いて数分でスーパーも市場もハードウェアーショップもあり、船からwi-fiも使えるし、レストランもバーもすぐ近くにあるし、島内島外の観光も手配できるという、これ以上言うことがありませんという泊地。ただし、水深が深いのでアンカリングではなくブイのレンタルというのが難といえば難でしょうか。
 現地の人たちは、一見すると怖い顔をした肌の黒いメラネシア人で、女性はたいていカラフルなアイランドドレス着用。でも怖いのは見かけだけ、実際には人懐こい笑顔の優しい人々。
 ヴァヌアツの市場は新鮮な野菜と果物にあふれていて、とてもカラフル。あちこちの島からやってきた売り手が売り台の下で夜も寝ているため週末以外はオールナイト営業の市場。市場の一角には安く食事の出来る屋台群があって、現地の労働者に混じって美味しく昼食をいただきました。お店によって種類の違うおかずをご飯に掛けるというスタイル。
 英仏共同統治の歴史があるので、街角のパン屋で買うフランスパンが美味しく、市場の食堂でもコーヒーを頼むと美味しいカフェオレがカフェオレボールででてくるという、南太平洋の中でもおしゃれ度は格別。現地語のほかに英語とフランス語をしゃべるメラネシア人たちに思わず尊敬の眼差し。
 ヴァヌアツ博物館は、各地から集められた生活道具から仮面からさまざまなものがぎっしり詰まったおもちゃ箱のようなところ。博物館の案内人による無形文化財の砂絵の実演と楽器の演奏には非常に感銘を受けました。
 町から車で30分足らずのところに、エカスップ村という昔ながらの生活をしている村があり、ツアーで訪問。ジャングルの中を歩いていくと椰子の葉の腰蓑姿の村人が出迎えてくれ、さまざまな昔ながらの生活習慣を実演説明してくれ、ダンスや歌を聞かせてくれた。このような観光客をツアーで受け入れる村のことをカスタムヴィレッジというのですが、観光客と共存しているとはいえ、昔ながらの生活習慣を守って生活している人々の多さに驚きを禁じえません。もっと離島の山奥には、カスタムヴィレッジではなく本当に昔と同じ生活をしている「今はいつ?」という村々があって、ジャングルを数日歩いていかないと行くことが出来ないとか。ヴァヌアツは(文字通り)奥が深い…。
 日本人経営のメラネシアンホテルに行って日本語でおしゃべり。Hiroさんと日本語の文庫本を大量に交換。ラッキー。

エピ島Lamen湾(16.36S 168.10E)
 サンゴのきれいな湾で、野生のジュゴンが見られることで有名。噂どおり、アンカリング中に、丸っこい顔で滑らかな背中の人魚のモデルが泳いでいるのを何度か見かける。近づいて一緒に泳ぐというわけにはいかなかったけれど、はっきりとジュゴンだということが判って満足。また、イルカの群れが湾内を周回していて、一日中イルカのジャンプの音がするという幸運。さらに、潜って船底掃除をしているときに大きな海亀2頭と接近遭遇という贅沢も。
 村で会う人会う人みんなフレンドリーで、ヤングチーフがよく来たと歓迎してる。果物が豊富らしく、歩いている途中で声をかけられてお土産がたくさん。
 この湾の沖に小島があり、島人が丸木舟で行き来している。たいていの船は漕いでいるけれど、帆柱と帆で走っている丸木舟もあって、こーゆー光景はうれしい限り。

アンブリム島Craig cove(16.15S 167.57E)
 アンブリム島は火山島(ジェームス・ミッチェナーの「南太平洋」バリハイのモデル)。そのため黒砂の海岸線にやしの木の緑が映えて独特の美しさ。アンカリングした場所の正面に人がたくさん。何事ならん?と上陸してみると、しばらくしてから島廻りの貨物船が現れる。といっても桟橋なんかなくて、沖にアンカーを打つのかと思いきやニライのすぐ横を陸に向かって一直線、狭い砂浜に思い切り近づいて、上陸用舟艇のように前部を開けて、人と物の荷卸し開始。こんなところにこんな大きさの船が来るとは予想していなかったのでちょっと呆然。ニライのアンカーブイが、貨物船のエンジンの水流に近すぎて巻き込まれるかもしれないと、あわててブイだけ回収しに行く。引っ掛けられなくて良かった~。
 有名な古いタムタム(木彫りの楽器)は、ちょっと遠くて見学料も高いらしいと諦める。代わりに、近くの村のタムタムを見せてくれるという人に案内してもらい、思いがけず約1時間の散策。竹と椰子の葉でできた小屋が木陰に並んでいて、子供が裸で走っていたり、煮炊きの煙がたなびいていたり、鶏や豚が足元を駆け抜けたりというのどかな村。案内してくれた人の手作りタムタムを見せてもらって、写真も撮らせてもらって、でも買いたくはないので(要するに土産物)ごめんなさい。
 夜、海岸に焚き火を炊いて人が集まっているなあ、船の来た日は夜遊びの日なのかなあと思っていたら、寝入りばなに本船の汽笛でたたき起こされて、またしても別の貨物船登場。再びニライのすぐ横を通って上陸用舟艇式接岸と人の乗降と離岸。週に1度しか船は来ないって昼間誰かが言わなかったか?…うそつき。たまたまニライのアンカリングした日に大当たり。島人の生活が垣間見られて面白かった。

アンブリム島Baouma Point(16.12S 168.02E)
 日本人の連想ゲームなら火山-温泉というのがありだけど、外国ではなかなかそういう風には繋がりません。が、ここアンブリム島には温泉あり。それも村から離れた何もない海岸線に温泉の河が流れていると、ヨットガイドにそう書いてある。でも、あんまり期待はしないんだ。なぜなら、外国人のいうホットスプリングは、小さな小さな池だったり、どろどろだったり、なまぬるかったりというのが多いから。ところが!ここの温泉は素晴らしかった。本当に透明で熱い温泉の河が流れていて、海岸でも黒砂をちょっと掘れば素晴らしい太平洋温泉になるし、河を少し遡っていくといかにも浴槽といえるような溜り池が出現。しかも日本人の私たちでもちょっと熱いという温度。もー天国。いい湯だな~、アハ~ハン。まさかヴァヌアツのこんな辺鄙な島でこんな窮極の秘湯に入れるとは。これを味わった日本人は過去にいるのかなあ?(あとから聞いたところ、近くの村からたまにボートで外人さんがやってくるそうですが、熱すぎてかえって不評とか。もったいない。)
 素晴らしい温泉があるけれけど、残念ながらこの泊地はものすごくよく揺れます。
 ここでは、近くの村からボートで野生の豚を狩りに来た(!)親子連れと出会ってしばらくおしゃべり。彼らから野性のカモの大きな卵(薄い黄色をしていて鶏の卵より縦に長い)をもらい、代わりに空きペットボトルを進呈(水の容器として欲しがったから)。

ペンテコスト島Homo湾(15.57S 168.12E)
 再び連想ゲーム。ペンテコスト島-ランドダイビング、と答えた人は思い切りの秘境あるいは冒険フリーク。ごく一部ではとっても有名なのです、ペンテコスト島のランドダイビングなるもの。これは、若い男性が、高く組まれた塔の上から足首を蔓で縛って飛び降りるという、本来は成人式の儀式で、今ではヤム芋の収穫を祈る儀式(もしくは観光資源ともいう)。有名な理由はこれがニュージーランドのバンジージャンプの元になったものだから。
 で、近年では、4月5月に行われている、外貨が高額稼げるヴァヌアツ観光の目玉。そのくせ、いつ(土曜日は確実らしいけど他の日にもやるらしいとか)どこ(Homo湾にいってあとは村人に聞けとか)で、いくら(聞く人によってさまざまだけど高いということに変わりはない)で行われるかがあまり周知徹底されていないという、いー加減というか、ヨット乗り泣かせというか、いかにも南太平洋的という状況。なので、土曜日を目指してHomo湾にいって村人に聞いてみることに。他のヨット3隻と一緒にいろいろ聞いた結果、「うちの村のランドダイビングは昨日盛大にやった。でも明日やる所までボートで連れて行ってやる」と言うことに。
 翌日はものすごい土砂降り。大雨の中それでも催行されるというので、合羽に身を包んでお出かけ。なのに浅生さんはこんな土砂降りの中を出かけたくないとお留守番と言い出す。信じられない、何て勿体無い。
 私だけでも行って良かった。すごい迫力。
 さすが世界の奇祭の一つ。
 足首を結んでいる蔓は、バンジージャンプのゴムのように伸びないし、大体バンジージャンプのように水面に向かってではなく、陸の上で飛び降りるというのが怖い。坂の斜面にタワーが立てられていて、その飛び込み台みたいなところに結ばれた蔓の長さがちょうど頭が地面に当たるくらい(斜面なので足のほうも地面に付く)。タワーの周りでは応援(?)の村人が歌と踊りで盛り立てていて、ジャンパーもダンサーも男性はふんどしのようなペニスサックだけ、女性ダンサーは腰蓑だけといういでたちでまことにフォトジェニック。バシっという派手な音とともに、タワーの飛び降り台が折れるようにしなり、飛び降りた青年は、地面から自力で立ち上がって「エーイ!」と無事を宣言。飛び降りる前は盛んに奇声を発したり派手なパフォーマンスをするのに、飛び降りたあとはさっさと引っ込んでしまい、観客としては、もっと拍手をしたり写真を撮ったりしたいんですけど…。次々飛び降りること9人。地面に激突して観客の息を飲ませた人もいたりして(でも自力で立ち上がってから支えられて退場、裏のほうで頭や肩を引っ張って治療?していた)、文明国ではお目にかかれない危険度。でもうまい人は飛び降りるときの姿勢がきれいで着地も完璧。上手い下手があるんだと素人目にもよく解かる。
 まあ、こんなものを目の前で見ることが出来たというのは、クルージングの醍醐味といえましょう。

マエヲ島Asanvari湾(15.23S 168.08E)
 ヴァヌアツクルージングをしたことのあるヨット乗りたちの評判がとてもよかった所なので、ぜひ行きたかった泊地。
 白い砂浜、海に落ちる滝、緑濃い山、点在する小屋、完全に車のない村(今までの村には一応道路?と呼べるような道があって、何台か車が走っていた)、という泊地の景色の美しさもさることながら、何より村人がヨット乗りに親切というのがうれしい。NZのアイランドクルージング協会と共同で作られたヨットクラブという名前の割と立派な小屋があって、国旗やバージがたくさん飾られている。上陸するとチーフがやってきて、「ここはあなたたちの場所だ、のんびりくつろいでくれ」と言われるなんて、ヨット乗り冥利に尽きるではありませんか。
 この入り江には、週に一度観光船が20人弱の観光客を乗せて立ち寄り、ダンスや伝統料理のパフォーマンスが行われる。ちょうど翌日がその日だったので、私たちもダンス観賞のご相伴。一緒に踊ったりもして、いと楽し。
 この泊地は私たちもお奨め。こうやって良い評判はヨット乗りに受け継がれてゆくのであった。

エスピリトゥサント島ルーガンヴィル(15.31S 167.10E)
 サント島はヴァヌアツ最大の島。第二次世界大戦時のアメリカ前線基地の島。従軍記者だったジェームス・ミッチェナーが滞在していた島。豪華客船プレジデントクーリッジが沈んでいて、沈船ダイビングで有名な島。ルーガンヴィルはヴァヌアツ第2の都会。
 南東貿易風が強いときは風がもろに当たる泊地で、ヨット乗りの評判は今一。ただしアンカーの効きはよく、私たちの滞在中は微風だったので問題無し。目の前のビーチフロントホテルは、砂浜にテンダーで上陸でき(無料)、レストラン、バー、水道、シャワー(有料)が使えるので、地球の歩き方にも「世界中のヨットマンが立ち寄るホテル」と但し書きがある。
 ルーガンヴィルの市場は、品数は少ないものの量は豊富で安いのがうれしい。スーパーもあって久しぶりにパンが買えたり、カフェがあったり。
 サント島の日本人は、親分のまゆみさん(ツアー会社経営)がヴァヌアツ滞在20年、以下子分?のJAICA青年海外協力隊隊員たち。まゆみさんに挨拶に行ったところ、即、その夕方にジャイカ隊員たちとカヴァバーに誘ってもらって、ヴァヌアツのカヴァ初体験。フィジーのカヴァは儀式だけれど、ここのカヴァは島人の居酒屋酒スタイル。まあ、味は同じように、泥水というか美味しくはありませんが、珍しい経験。カウンターで注文したカヴァをその場で飲んで口をゆすぎ、暗い屋外に並んでいいる椅子に座っておしゃべりをし、しばらくするとまたカウンターに行ってカヴァを飲んで椅子に戻るという摩訶不思議なスタイル(これがスタンダードカヴァバーらしい)。
 以下、ルーガンヴィルでは、ジャイカの若者たちとミレニアムケーブツアーに行ったり(未舗装自動車道路が途切れたところからジャングルの中を1時間延々歩いて村について、さらにジャングルの中を1時間半歩いてから、水だらけの洞窟の中を懐中電灯の明かりを頼りに歩いたり泳いだりという、川口浩探検隊的アドベンチャーツアー。熱帯雨林も洞窟もとても面白かったけれど、草臥れ過ぎました。もうちょっと若い人向き。)、沈船クーリッジでダイビングを楽しんだり、まゆみさんに大量の文庫本を交換してもらったり(またしても。ニライにとってヴァヌアツは文庫本天国だった)、タクシーで燃料を買いに3往復したり(ポートヴィラなら楽に買えたのに、出国手続き後なら無税で買えるといわれて、それはそのとおりだけど最低が200リットル以上で、ニライでは意味無しだったため、ジェリー缶を抱えての面倒な往復になった次第。タクシー代が安い国でよかった。)、両替しすぎたバツゥ(ヴァヌアツの貨幣)を使うためニライにしては珍しくカフェで優雅な昼食を食べたり、な日々。

 ヴァヌアツの日々を振り返れば、ニライのクルージングの中でもかなりなハイライト。理由は、人々の生活が割りと文明生活と離れたもので、ダンスや衣装や丸木舟など、独特のカラフルで美しい生活習慣が生きていたこと。それでも毎年かなりな数のヨットが通るため人々がヨットを普通に受け止めていたこと。島民がみんなフレンドリーな上に英語を話すのでコミュニケーションが比較的簡単だったこと。ほとんどの泊地が適度な深さでアンカーの効きが良く島の風下に有ったこと。野菜果物さらに肉類も豊富に有り、英仏共同統治時代の影響で西洋の品物もかなり商店に並んでいたこと。その上(フレンチポリネシアのように)物価が莫迦高くなかったこと。さんご礁や火山やジャングル、ジュゴンやイルカや海亀など、陸上も海中も自然が元気で豊かだったこと。等々。
 もっとゆっくり時間があれば、マラクラ島(古い生活習慣がたくさん残っている秘境)やタンナ島(活火山が間直で見られるカラフルアイランド)エロマンガ島(あんまり情報がないけどなんといっても名前がユニークさに惹かれる)などにも寄ってみたかったけれど、どんな島だったろうと想像の余地を残してあるのも、また一興。
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。